「マラウイ」に派遣されていました、津川 智明さん

「キミノチカラ、海をこえて 〜青年海外協力隊の道」11/29放送

こんにちは、DJイタルです!

「JICA二本松」が、今年の12月で設立20周年を迎えると言うことで、
今月はJICA二本松訓練所20周年特別企画月間。

今週のゲストは、先週に引き続き、
JICA二本松訓練所・初代訓練総括主任、
そして、ご自身も協力隊経験者であります、
青年海外協力隊 昭和52年度2次隊として「マラウイ」に派遣されていました、津川 智明(ツガワ トモアキ)さんです。
出身は鹿児島県。
職種は「土木」です。

さぁ、今週も、仏の訓練総括の登場です!
先週までは「鬼の総括」なんて言ってしまいまして・・・大変失礼致しました。笑

実は、前回のゲスト身玉山さんの収録前に、現在のJICA二本松の所長さんと、JICA二本松初代隊員の身玉山さんと、初代訓練総括の津川さんの対談を聞かせて頂いたんです。

20年という時の中で、変わったモノ、変わらないモノ。
それぞれに思い出があって、思い入れがあるのです。

広報誌「あだたら」の企画で実現した対談でしたが、
立場は違えど、同じ目的に向かって、その時代を作り上げてきた人達の話は面白いですねぇ。
もう時間が全然足りんよ。
この3人がこの日、二本松の夜に消えていったのは間違いないでしょう。笑

さて、訓練所の立ち上げに携われた初代総括・津川さんですが、
ご紹介した通り九州生まれの九州男児ですたいっ!

ご自身も協力隊に参加され、そこから始まった協力隊と繋がる人生。
協力隊後も、現地調整員としてJICAの在外事務所に勤務されたりと、協力隊の経験を活かしながら、協力隊を支えてきたのです。

そして20年前、JICA二本松の開所のために初めて福島を訪れるます。

それまでの訓練所は、東京・広尾と長野・駒ヶ根の2つ。
青年海外協力隊の訓練所として新たに出来たJICA二本松訓練所。

訓練の基本となるものは広尾や駒ヶ根と一緒でも、やはり二本松らしさみたいなモノも必要だと考えていたそうです。

そこでチカラを入れたのが、「地域とのつながり」だったそうです。
地域の方や施設にお願いして、所外活動の場を提供して頂いたり、地元のお祭りやイベントに参加したりと、積極的に地域と繋がっていきます。
もちろんそれは今でも続いていて、地域の協力なくしては、訓練所は成り立たないのです。

そして、もちろん苦労もありましたよ。
毎隊次200人近い訓練生が集まってくるわけですからね。
それも、やる気と体力を持て余す訓練生達でしょ?
そりゃ一筋縄にはいかないですよね・・・

ある時は、訓練生が所外活動に遅刻し、所外活動先に怒られ。
ある時は、キズになった施設をどう直すか悩まされ。
ある時は、訓練生がハメを外して地域の人から小言を言われ。

と、まぁいろんなコトがあるもんです。
仏の津川さんも、さすがに厳しくするところもあったみたいですよ。笑
時にはプレッシャーをかけたり、追い込むこともあったとか?!

当時の訓練は今よりも長かったんですが、それでも79日かな。
訓練所では、この2ヶ月ちょっとの間に学ぶことがたくさんあるのです。

津川さん曰く、この短期間の訓練でいろんな経験をしてほしい、と。
そのためにもルールがあると言います。
訓練所は語学学校ではない。
コミュニケーション力をつけるためには、合宿形式だから意味がある。
ボランティアとしてふさわしい、日本代表としてふさわしい人間をつくる。

生きることを学ぶ。それが訓練所なのです。

初代総括の津川さんも、初代訓練生の身玉山さんも言っていましたが、
昔に比べると、訓練もゆるくなったそうですよ。笑

それだけ派遣される世界が安全になってきたと言うことでもありますよね。
訓練所も時代とともに変化していく必要があるのです。


九州生まれの津川さん、今は二本松に住んでいらっしゃいます。
JICAの調整員として海外での生活も長かったんですが、
今年の8月に協力隊のふるさと二本松に戻ってきたのです。

津川さんにとって二本松は思い出の場所ではなく、
本当の「ふるさと」になったんですね。

ふるさとを思い、また立派になってこの地に戻って来てくれる協力隊員も多いのです。
協力隊のふるさと二本松は、これからも青年海外協力隊を応援する場所なんです。
そして、津川さんもこの二本松で協力隊の応援団長として、協力隊のこれからを応援し続けるのです!

押忍っ!!


☆ JICA二本松インフォメーション ☆

今年も“ふくしまグローバルセミナー”の季節がやってきました!
この、ふくしまグローバルセミナーは多文化共生や国際協力について考える参加型セミナーです。
今回は、来年2015年5月にいわき市で開催される「第7回太平洋・島サミット」にちなんで、太平洋諸島に関する講座や講師が多数ラインナップされております。

そして、なんと僕DJイタルも講師として参加致します!
僕が出会った協力隊員の話、番組のウラ話?もありますよ。
もうすでに緊張して吐きそうです・・・
皆さん、お手柔らかにお願い致します。

◇ふくしまグローバルセミナー2014

日時 12月20日・21日 一泊二日(20日のみ参加も可)
会場 JICA二本松

参加費は一泊二日の方は4000円、20日のみの方は1000円。
おいしいご飯と宿泊代込みです。

お問い合わせは、福島県国際課 024−521−7183

各講座趣向を凝らした講座となっておりますので、ご家族、ご友人とお誘い合わせの上、お申し込み下さい!
募集締切は、12月1日(月)必着です。
人気の講座は早めに定員となってしまいますので、お早めにお申し込み下さい!


そして、JICA二本松Facebookページもありますよ!
ぜひチェックして下さい!

この番組のFacebookページもあるのです。
こちらも是非チェックです!
2014年11月29日(土) 08:30

「マラウイ」に派遣されていました、津川 智明さん

「キミノチカラ、海をこえて 〜青年海外協力隊の道」11/22放送

こんにちは、DJイタルです!

「JICA二本松」が、今年の12月で設立20周年を迎えます!
と言うことで、今週もJICA二本松訓練所20周年特別企画。

今週のゲストは、
JICA二本松訓練所・初代訓練総括主任、
そして、ご自身も協力隊経験者であります、
青年海外協力隊 昭和52年度2次隊として「マラウイ」に派遣されていました、津川 智明(ツガワ トモアキ)さんです。
出身は鹿児島県。
職種は「土木」です。

さぁ、いよいよ、鬼の訓練総括の登場ですっ。笑

あっ、誤解のないように言いますけど、鬼の訓練総括と言ってしまいましたが、
というか、思わず先週のブログの最後におもしろがって書いてしまいましたが・・・すみません。

ぜ〜んぜん、鬼の雰囲気はみじんも感じませんから、ご安心下さい!
穏やかで、ホントに青年海外協力隊が大好きな方なんです。
話の節々に、青年海外協力隊‘愛’を感じるのです。

温かく、時には厳しく、青年海外協力隊を見守る応援団長です!

さて、
ところで、訓練総括ってどんな役割なんでしょ?
簡単に言えば、訓練の調整役・訓練のとりまとめ役だそうです。

1995年当時、新しく完成したJICA二本松訓練所の訓練を任されるって、かなりのプレッシャーだったと思います。
新しい訓練所の立ち上げに携わる津川さんは、当時40歳。
人生の一番脂ののった時期かもしれないですね。
ご自身も協力隊の経験者ですから、協力隊への思い入れは人一倍、
いや、人200倍です。
その分、チカラが入り過ぎちゃう部分もあったのかな。

20年前の訓練所や訓練生、もちろん訓練についても、
もうねぇ、聞きたいことが山ほどあります。


まずは、
今週はご自身の協力隊経験の方からお聞きしましょう。

昭和52年度2次隊。
やってきました、昭和派遣の方ですよ!

協力隊事業が始まったのが、昭和40年。
来年で、青年海外協力隊は50周年を迎えます。
この半世紀の協力隊の歴史の中で、初期の昭和派遣の方の話が聞けるのはホントに貴重です。

この番組では、2番目に古い方です。
正直、日本人が仕事で海外に行くのはまだまだ少ない時代です。

先週のJICA二本松訓練所・最初の卒業生の身玉山さんでさえポケベルの時代だったわけですから、そのまた15年以上前のお話です。

携帯もインターネットもポケベルもない時代、
外国なんて、まだちょっと遠い時代、
限られた情報の中で、どうして協力隊になったんでしょう?

津川さんは鹿児島生まれの九州男児。
宮崎の大学で、土木工学を学びます。

実は、大学の先輩が協力隊に参加されたそうです。
こんな世界があるのかと、興味を持ったのがはじまり。

学歴社会が始まった日本で、その制度というか社会に疑問もあった。
そんな中で相談した大学の先生には、協力隊になんか行くなと言われた。

それでも青年海外協力隊は魅力的だったそうです。
学歴ではなく、何よりやる気や情熱を評価してくれるのが嬉しかった。

そして、社会人を経験して、2度目の受験で協力隊に合格。
派遣されたのがアフリカ「マラウイ」という国。
国の土木設計局で、道路の計画づくりをされたそうです。

24歳の津川さんにとって、海外も初めてなら、飛行機も初めて。
そんな24歳の若者が、国のインフラづくりを任される。
プレッシャーも責任も大きいですよね。
日本では考えられない重責の中で、やりがいも達成感も感じた2年間。
ここに生きて、ここで自分の存在を感じたマラウイ。

37年前、生きるチカラを学んだマラウイでの活動。
マラウイの地図には、津川さんが計画した道が今もあるそうです。

37年前のチカラが、今なおマラウイの礎になっている。
地図に残るシゴト。
これも青年海外協力隊のシゴトなんです。


協力隊に参加して、今思うこと。
あの時、37年前に決断して良かった!

長い人生の中のたった2年だけど、その後の人生を大きく変えた2年。

なんかねぇ、津川さん、ほんとに嬉しそうにお話されるんです。

鬼の総括とか言いましたけど、本当は‘仏’の総括です。
そう、スラムダンクで言う「安西先生」ですね!

「安西先生・・・バスケがしたいです(三井寿)」の安西先生です。

「津川さん・・・協力隊に行きたいです。」
そう言う若者もいたのかな。笑


来週もJICA二本松20周年特別企画です・
‘仏’の訓練総括の話、まだまだありますよ。
ぜひお楽しみに!






☆ JICA二本松インフォメーション ☆

今年も“ふくしまグローバルセミナー”の季節がやってきました!
この、ふくしまグローバルセミナーは多文化共生や国際協力について考える参加型セミナーです。
今回は、来年2015年5月にいわき市で開催される「第7回太平洋・島サミット」にちなんで、太平洋諸島に関する講座や講師が多数ラインナップされております。

そして、なんと僕DJイタルも講師として参加するのです!
講師ですよ、講師!
そんなふうに呼ばれたことないし、照れくさいんですが・・・
すんげぇ楽しみです!
僕が出会った協力隊員の話、番組のウラ話?もありますよ。


◇ふくしまグローバルセミナー2014

日時 12月20日・21日 一泊二日(20日のみ参加も可)
会場 JICA二本松

参加費は一泊二日の方は4000円、20日のみの方は1000円。
おいしいご飯と宿泊代込みです。

お問い合わせは、福島県国際課 024−521−7183

各講座趣向を凝らした講座となっておりますので、ご家族、ご友人とお誘い合わせの上、お申し込み下さい!
募集締切は、12月1日(月)必着です。
人気の講座は早めに定員となってしまいますので、お早めにお申し込み下さい!


そして、JICA二本松Facebookページもありますよ!
ぜひチェックして下さい!

この番組のFacebookページもあるのです。
こちらも是非チェックです!
2014年11月22日(土) 08:30

「インドネシア」に派遣されていました、身玉山 宗三郎さん

「キミノチカラ、海をこえて 〜青年海外協力隊の道」11/15放送

こんにちは、DJイタルです!

今週も言いますよ!そうなんです、
「JICA二本松」が、なんと、今年の12月で設立20周年を迎えます!

と言うことで、先週からJICA二本松訓練所20周年特別企画。
JICA二本松訓練所におじゃましています。

そして今回の20周年企画は、なんと二本松訓練所の最初の卒業生、初代隊員の方をゲストにお招き致します!
まさに20年前の訓練生だった方です。

そして、今回の収録は今まさに訓練中の平成26年度3次隊の皆さんも参加しての収録です。
いつもとは違う雰囲気で、やる気みなぎる訓練生に囲まれての収録。
なんかこっちも緊張しますねぇ!

さ、今週のゲストは、先週に引き続き、
JICA二本松訓練所、初の卒業生、
青年海外協力隊 平成6年度3次隊として「インドネシア」に派遣されていました、身玉山 宗三郎(ミタマヤマ ソウザブロウ)さんです。
出身は愛知県。
職種は「野菜」です。

20年前、初の訓練生としてJICA二本松にやってきた身玉山さん。
それまでの訓練所と言えば、東京のJICA広尾訓練所と長野県にありますJICA駒ヶ根訓練所。
事前研修で八ヶ岳で長期研修もされていたので、駒ヶ根訓練所には行ったことあったそうです。
実は駒ヶ根訓練所は当時、二人部屋だったそうです。
そのイメージだったので、二本松訓練所が一人部屋と聞いて、戸惑いもあったそうで・・・
正直、二本松訓練所と聞いて、やや複雑な気持ちもあったそうです。

二人部屋とか三人部屋とかの方が社会性が向上したり、根を詰めすぎることを防げたり、深い話ができたり、人によってはリラックスできるかなとも思っていたそうです。

善し悪しはともかく、訓練所も時代と共に変化しているのですね。


そう、時代です・・・

当時は、パソコンも携帯電話もまだまだ普及していません。
今でこそ当たり前のインターネット環境ですが、当時は・・・

連絡手段と言えば、電話、FAX、そしてポケベルです。
訓練所にも公衆電話がありまして、長電話をしたり、それを待って順番待ちもあったようです。

懐かしいですねぇ、ポケベル!
僕も高校生の時はポケベル持っていましたよ。
数字でメッセージを伝える、11が「あ」で、12が「い」で、13が「う」で、って言うアレですよ。
今の20代以下の人たちには分からんだろうねぇ。
休み時間の度に公衆電話に走って、どれだけメッセージを早く打つかを競っていたあの頃。笑

そんなこんなですから、身玉山さんのインターネットデビューも携帯電話デビューも、なんと派遣先のインドネシア!

時代ですな。笑

そして、気になる20年前のイリュージョンの話も。笑
当時はさすがにイリュージョンという言葉はまだ無かったと思いますが。

もう協力隊に興味のある方なら分かりますよね?
このブログでもご紹介したことがありますが・・・
そうです、訓練所の恋愛事情です!

駒ヶ根訓練所での恋愛模様を駒ヶ根マジック。
広尾訓練所では、広尾ミラクル。
そして、二本松訓練所では、二本松イリュージョンと言います。

20代、30代の多感な時期の若者がひとつ屋根の下に集うわけですから。
まぁ、むしろ、それは自然なことですよね。

すでに20年前の二本松訓練所、開所当時から恋愛模様があったそうです。
なんかちょっと嬉しいんですけどっ。笑

でも、いつからイリュージョンと言うようになったんだろう?
誰か知ってる人いないかな?!


さて、20年の中に、日本でも様々なことがありました。
二本松訓練所で訓練が始まった1995年1月は阪神淡路大震災があった時。
日本中が驚き、悲しみに暮れたあの時。
二本松訓練所も例外ではなく、被災地となった阪神からも多くの訓練生が来ていたそうです。
そして、ボランティア精神に溢れる若者が集まっていた訓練所ですから、
自分たちも被災地に行って何かをしたい、被災された方のために何か出来ることがあるのではないか、必然とそんな話が挙がりました。

しかし、受入れ体制や支援環境が整わない中で、訓練生を出していいのか、
青年協力隊を待っている世界中の開発途上国の人たちがいる。
自分たちがここにいる目的は何か、やるべきことは何か。
ジレンマや葛藤の中で、様々な思いがあったと思います。

結果的に、実現することはありませんでした。
今でもいろんな意見があると思いますが、
JICAスタッフの苦渋の選択がそこにあったのも事実です。

そして、それが東日本大震災の時に確実に活かされているのだと思います。
ご承知の通り、JICA二本松訓練所は避難所のひとつとなり、たくさんの避難者を受入れました。
もちろんJICAの歴史の中で、避難所として訓練所を開放することは初めてでした。
全てが手探りの中で、受け入れるJICAスタッフでさえ被災者の一人です。
それでも被災地である福島に、JICA二本松訓練所という施設があったということが、少しでも被災者のためになり、少しでも福島の復興に意味があったと信じています。

そして、今なお続く福島の復興には、青年海外協力隊OVのチカラが活かされていることも付け加えておきます。


さ、身玉山さんの話に戻りましょう。
身玉山さんはインドネシアでの2年間の協力隊の活動を終えると、今度は協力隊のチームプロジェクトの調整員として1年間インドネシアで活動されます。

その後もインドネシアにJICA専門家として派遣されたり、在インドネシア日本大使館の政務専門調査員として赴任されたりと、インドネシアに関わる仕事をされております。

その中で、経済危機があったり、政治体制が変わったり、政情不安での避難勧告、スマトラ島沖地震など、教科書や新聞で見る出来事を直に経験されるのです。

新聞のテレビ欄以外の記事を読みふける小学5年生から始まり、その頃の問題意識と、協力隊や大使館での経験が総合して、今、あらたな道へ。

身玉山さんが思い描く新たな道は、ぜひ身玉山さんの個人ブログをご覧になって下さいね。

そしてこれからも、青年海外協力隊から始まったインドネシアとの縁を深めていきたいそうです。


最後に、先輩から訓練生へのアドバイスは?

• なめられないように?老けて見える工夫をした。
• 立場・肩書きが分かるように名刺を作った。
• 服装は大事、暑くてもスーツ。
• 口頭だけではなく、できるだけ文書でもコミュニケーションを。
• 良好な人間関係、時には上の人の権威の活用。
• 3A(あせらず、あなどらず、あきらめず)

今回の収録は平成26年度3次隊の皆さんも一緒で、ホントに真剣に聞いていましたからね。
候補生の皆さん、ぜひ参考にして下さいね!


さて、来週もJICA二本松訓練所20周年特別企画!
来週のゲストも20周年に関わりのある方。

なんと、泣く子も黙る鬼の訓練総括。笑
JICA二本松 初代訓練総括主任 津川智明さんをお迎えします!

いやいや、優しい方ですよ。
僕には仏の訓練総括に見えましたけどね。

来週もぜひお楽しみに!


そして、JICA二本松Facebookページもありますよ!
ぜひチェックして下さい!

この番組のFacebookページもあるのです。
こちらも是非チェックです!
2014年11月15日(土) 08:30

JICA二本松訓練所、初の卒業生、 青年海外協力隊 平成6年度3次隊として「インドネシア」に派遣されていました、身玉山 宗三郎さん

「キミノチカラ、海をこえて ?青年海外協力隊の道」11/8放送

こんにちは、DJイタルです!

おめでと?ございますっ!
ヨォーッ、いつもより長く回しております?!

って言うくらい'めでたい'のです。

何が'めでたい'って、この番組を聴いて頂いている方ならお気づきでしょう。

そうなんです!
「JICA二本松」が、なんと、今年の12月で設立20周年を迎えます!
いや?、めでたい!
なんかね?番組で関わって3年ですけど、なんか勝手に家族みたいな気分なんです。
だから、なんだか、とっても、嬉しいんです。
こんな節目の年に番組が続けていられるってのも、やっぱり縁ですね?。

それに来年はJICA青年海外協力隊事業50周年なんです。
半世紀、約4万人の協力隊員、スゴイでしょ?

そして、なんとその活動が認められ、青年海外協力隊は、
このたび第21回読売国際協力賞特別賞を受賞することになりました!
この賞は1993年12月に、翌年11月の読売新聞創刊120周年を記念して創設され、第1回の緒方貞子・国連難民高等弁務官(前JICA理事長)を皮切りに国際協力の分野で活躍し、国際社会への貢献と協力の重要性を身をもって示した個人、団体・企業を顕彰する賞なのです。

今まで、現地で頑張ってきた隊員みんなが受賞者なんですよね。
これまた嬉しいですっ!

さて今回は、JICA二本松訓練所20周年特別企画。
なんとJICA二本松訓練所におじゃまします。
紅葉もはじまり、秋の装いの二本松に行ってきましたよ。

そしてJICA二本松訓練所は、今まさに平成26年度3次隊が訓練真っ直中なんです。
なんか訓練所内は活気がありまして、イイですね?。
チカラみなぎる、若人の息遣い。とでも言いましょうか。

さて、
ただ訓練所に行ってきたわけじゃないんですよ。
ある方に、会いに行ってきました!

そう!今回の20周年企画は、なんと二本松訓練所の最初の卒業生、初代隊員の方をゲストにお招き致します!
まさに20年前の訓練生だった方です。

ということで、今週のゲストは、
JICA二本松訓練所、初の卒業生、
青年海外協力隊 平成6年度3次隊として「インドネシア」に派遣されていました、身玉山 宗三郎(ミタマヤマ ソウザブロウ)さんです。
出身は愛知県。
職種は「野菜」です。

ミタマヤマソウザブロウさん、カッコイイ名前でしょ!
もう最初聞いた時は、歌舞伎役者か演歌歌手かと思いましたよ。

で、カッコイイのは名前だけじゃないんです。
シャキッと背筋も伸びて、たたずまいが違うんです。

現在は、神戸大学大学院で、国際協力研究科の博士課程で、
和解・調停制度を中心としたインドネシアの民事訴訟法を研究されています。

20年ぶりの二本松訓練所!!
かと思いましたら、帰国後の1997年に訓練生に活動経験を話す講師としてJICA二本松に来たそうです。
その他にも、同期隊員と二本松で食事会をしたことがあるそうです。

と言っても、15年以上ぶりだそうで、
今回、久しぶりに二本松訓練所内を見て回って、感慨深かったそうです。
宿泊棟の談話室なんかは、ホントに思い出深く、訓練生時代には夜遅くまで同期の訓練生たちと未来を語ったとか?雑談だったとか?笑
話の中身は何でも、同じ目標に向かって同じ時を過ごした仲間との大切な思い出の場所にかわりは無いですよね。

色あせない思い出が、ココにあるわけですよね。
卒業した協力隊員の数だけ、その思い出があるわけですもんね。


さて、話は20年よりもっとさかのぼりますよ?。

1980年代。
身玉山さんが、国際協力など海外に興味を持ったのは小学校低学年の時。
当時は、夜遅くまでテレビをやっているのが珍しかったそうです。
それに、子供は夜8時に寝るということになっていた。

まぁ僕もギリギリ生まれていますけど、正直覚えてないもんな?。

そんな身玉山少年が気になったのが、24時間テレビ。
本当に24時間放送しているのだろうか?
興味というよりは、好奇心ですな。

子供は夜8時に寝る時代に、夜中の2時にこっそり寝床を抜け出してテレビをつけてみたのです。
まだリモコンじゃないですよ。
ポチっとな!の時代です。

そこに映っていたのは、白く乾燥した地域で働いている日本の若者。
そして、胸がガリガリで、お腹がポコっと出ているアフリカの子供。

「自分と同じような子供が、お腹を空かして困っているのは、おかしい」
と、思ったそうです。

それでも、子供ですからそのことは、それきりで忘れてしまったそうです。

それから7、8年。中学3年生になって、進路を決める時期になります。
不思議と、夜中こっそりとテレビで見た、あの記憶が蘇ってきたそうです。

それから一気に国際協力に進んで行きます。
一度決断したら、ブレないんですね。

高校は国際協力の世界を目指そうと国際教養科に進学します。
高校から第2外国語の選択も出来るそうで、国際人を育てる学科なんですね。
その高校入試の面接試験の時に、すでに、「青年海外協力隊に参加したい!」と宣言したそうです。

いや?拍手っ!
すげぇ中学生ですよ!
まだインターネットも普及していない時代に、限られた情報の中でも、
身玉山少年には世界が見えていたんですな!

さて、青年海外協力隊の応募ですが、年齢は20?39歳なんです。
高校卒業しても、年齢的にはすぐに行けないんです。

そこで身玉山少年は・・・あれ、高校生、もう少年じゃないか。笑
そこで身玉山さんは、高校卒業後は協力隊が応募できる20歳になるまで、英語と野菜栽培の勉強をしたそうです。


そして20歳になり、いよいよ青年海外協力隊を受験します。
この時の合格が、条件付きの合格だったそうです。

んと、条件付き??
この時の条件は、長期研修を受けることだったんです。
長野県にある農業実践大学校と愛媛県の農場での長期研修。
しっかりとした技術と知識、そして経験を学ぶ研修ですね。

この経験がなかったらインドネシアでの活動も無かったと語るくらい、農業においても人生においても、大切なコトを学んだ研修だったんですね。

そんな農場での研修中に、JICAより「どこの国に行きたいか?」と話しがあったらしい・・・
普通は、受験の時にすでに希望国が書けたりするんですが。
さすがに時間も経っていますしね、改めての照会だったんでしょう。

その時記入したのが、「アフリカ」2カ国と「南米」1カ国。
で、届いた通知は・・・
そうです、「インドネシア」です!!

なんでやねん!
さすが協力隊!なかなか希望は通らないのです。笑

って、いやいやそんなこともないんですよ・・・
比較的通りづらいことも?あったりなかったりする?可能性がなきにしもあらず?な感じでしょうか?

まぁコントのようなフリとオチでしたね、ありがとうございます!

そうして派遣国も決まり、訓練の為にやって来たのがJICA二本松訓練所。
1995年1月。
まだ、できたてホヤホヤの訓練所です。

現在は青年海外協力隊は4次隊までありますが、1995年当時は3次隊まで。
ですから、今の3次隊は秋の訓練になりますが、当時の3次隊は1月から真冬の訓練だったのです。
真新しい訓練所も、冬の厳しさで全てを見ることが出来ず・・・
あそこにはグラウンドがあるらしい。
あっちにはテニスコートがあるらしい。
なんと、むこうには○○があるらしい・・・
え?、まさか○○が?!
噂ばかりが飛び交う平成6年度3次隊だったのです。笑

スタッフも、訓練生も、手探りの訓練だったことは間違いないですね。
もちろん、だからこそ一緒に作り上げていくJICA二本松だったんですよね。

JICA二本松訓練所でのウラ話は、また来週もありますよ!


さて、身玉山さんのインドネシアでの活動もご紹介しましょう。

インドネシアの南スラウェシ州のウジュンパンダン市食用作物事務局バロンボン農業指導所に配属されます。
現在のマカッサル市だそうです。

まず最初の1年目には、現地の気候と土壌を調べることに重点を置きます。
まぁ大事なことですよね?
農業の基本になるところですからね。
ところがどっこい。
現地では、「日本人は技術指導に来たのに勉強ばかりしている」と言われたり。
でも、へこたれずにコツコツとデータを集めたそうです。

このデータこそが、しっかりと後に活かされていくのに・・・
もちろん結果が出れば、納得してもらえますからね。
現地では、有言実行、数字やカタチで見せるのが一番伝わるのですね。

そこで行ったのが、まずはメロン栽培です。
まだ南スラウェシ州ではほとんど知られていなかったメロン。
レストランやホテルで使ってもらえれば新たな収入につながるのです。

これは技術的にも経営的にも、上手くいったそうです。

これだけではないですよ、次は時期をずらした栽培です。
みんなが同じ時期に同じ物を作るのではなく、通常は乾季に作る唐辛子を、雨季に栽培することによって高値で市場に出すことができるのです。

これは試験栽培の途中だったそうですが、見通しは良かったようです。

そして、もう一つはリボルディングを利用したトラクターの普及です。
身玉山さんが派遣された1995年当時は、農耕の主力は、まだまだ水牛だったそうです。

もちろんトラクターもありましたし、現地の人たちも、環境やコストなどを考えても、利用した方が有利であるという点はすでに理解をしていたそうです。
ただ値段的には、簡単に手が出るモノではなかったそうです。

そこで日本の協力でトラクターを導入することを考えます。
しかし、ただ導入するのではなく、農民で組合を作ってもらい、農業収益をトラクター購入代金として充当して、リボルビングする仕組みを作ったのです。
5台づつ2回に分けて導入しましたが、なんと当初の10台をこえて、農民の努力によって14台まで増やすことができたそうです。

専門家の方にも、当時の中でも評価されたそうです。


収入が増えれば、意識の改革にも繋がっていく。
ひとつ上手くいくと相乗効果を生み、また次の結果に繋がる
そして、結果が信頼に変わるのです。

協力隊があったからこそ、今の自分があると身玉山さんは言います。
それだけ帰国後の人生にも、協力隊は大きく影響しているってことですよね?


来週も、JICA二本松訓練所20周年記念企画です。
今、訓練中の平成26年度3次隊の訓練生も交えての収録です。
懐かしくもあり、新鮮でもあり、新旧の訓練生の出会いですな。
お楽しみに?!

そして、JICA二本松Facebookページもありますよ!
ぜひチェックして下さい!

この番組のFacebookページもあるのです。
こちらも是非チェックです!
2014年11月8日(土) 08:30

「ザンビア」に派遣されていました、鈴木 唯香さん

「キミノチカラ、海をこえて 〜青年海外協力隊の道」11/1放送

こんにちは、DJイタルです!

そうです、コスプレです。
いやいや、民族衣装です。
ってか、正装です。
そうなんです、フォーマルなんです。

さぁ、今週のゲストは、先週に引き続き、
青年海外協力隊 平成24年度1次隊として「ザンビア」に派遣されていました、鈴木 唯香(スズキ ユカ)さんです。
職種は「養護」です。

今週も可愛らしいザンビアの民族衣装「チテンゲ」で登場です。

なんと鈴木さん、30着くらい持っているそうです。
毎日着替えても、1ヶ月ローテーションできます。
ザンビアのオシャレ女子日本代表です!

これね、実はオーダーメイドなんですって。
既製品じゃないんです。
生地屋さんで布を買って、仕立て屋さんに縫ってもらう。
お気に入りのテーラーさんを探すのが大変だったとか?

たしかに・・・
以前、アフリカの隊員さんで、スカート頼んだのに、ズボンが出来上がってきたって話もありましたしね。笑

まぁ、それも含めて現地の文化を知るってことですよね。

この民族衣装「チテンゲ」は、正装なんだそうです。
鈴木さんは、毎日このチテンゲを着て活動されていたそうです。

と言うか、ジャージとかで行くと怒られるんだって。

あの〜、正直、青年海外協力隊は格好に関してはラフなイメージがありますが・・・
今までアフリカ、アジア、中東の現地で活動している現役の協力隊員にも会ってきましたが、みんなラフな動きやすい格好っていうのが多かったと思います。
時には、半そで、短パン、ビーチサンダルくらいの感じですよ。
だから、いつしか靴下を履くことを忘れてしまうのです。笑


まぁ、派遣先によっては、厳しいところもあるのですね。

さて鈴木さんが派遣されていた国「ザンビア」
この番組でのご紹介はもう4回目かな。
アフリカ大陸南部の内陸国です。
The Real Africa、本当のアフリカと呼ばれるザンビアは、ヴィクトリアの滝をはじめとしたダイナミックな景色と、ゾウ・カバ・キリン・シマウマ・ヌーと言った野生動物も生息する、自然の宝庫なのです。

そんなザンビアでの鈴木さんの派遣先は、
南部の町「チョマ」にある、セントムルンバ養護学校。
鈴木さんのお仕事は、養護学校の先生です。

聴覚、知的、視覚の障害を持つ小学校1年から中学3年くらいの子供たちが通います。
だいたい1クラスは5、6人くらいで、鈴木さんもクラスを担当します。
それも一人で担当です。
カウンターパートと呼ばれる現地のパートナーもいますが、カウンターパートもクラスを持っていますので、必然的に一人での授業になります。
英語と現地語と手話を使いながらの授業に、はじめは苦労したそうです。
それでも子供たちの笑顔は、全世界変わることがないんですね。
子供たちの笑顔に支えられながら、一人一人のレベルに合わせた授業を心がけていたそうです。

午前中はクラスで授業、そして午後は学校全体でのクラブ活動です。
ザンビアでも大きな問題になっているHIVについての講義を行ったり、
同じザンビア派遣の協力隊員にも手伝ってもらって日本人との交流会をしたりと活動も様々だったようです。


そうして2年間の活動を終えて、今年の6月に帰国しました。
やっている時は辛いこともあったけど、振り返ってみれば楽しい2年間だったそうです。

帰国する時に感じた、「達成感」と「寂しさ」。
青年海外協力隊員が感じる矛盾しそうな感情ズバリですね。
皆さん、日本に帰って来てちょっとずつ心の整理をしていくのです。


もしかしたら、鈴木さんはあまりそんな暇も無く、新たな生活が始まっていますかね?
8月からは、石川町にある小学校の特別支援学級に勤務しています。
新たな夢にむかっての一歩を歩み始めているのです。

今、子供達に伝えたいこと。
挨拶やお礼ができる人になってほしい。
勉強だけじゃない社会で生きるための基礎を身につけて欲しいそうです。

そして、
海外で感じた日本の素晴らしさと、ある意味での弱さ。
便利な世の中だけど、それに依存した世の中。
日本での当たり前は、海外では通用しない。
生きるチカラ、人間力はザンビアの人の方があるかもしれない。
そう思ったのです。
海外から見た正直な「ニッポン」ですよね。

社会が、良いとか悪いって言う問題ではないんです。
ただ、きっと個人レベルでも、意識できる、行動できる何かはありますよね?


これから鈴木さんはどんな先生になっていくのでしょう?

いつかは、海外の日本人学校でも働いてみたいし、
日本と海外をつなげる人になりたいって。


2年間の青年海外協力隊から帰ってきても、まだ25歳です。
サバっとして、ゲラゲラ笑って、何でも素直にしゃべっちゃう。
協力隊の新人類は、これからどうなっていくのでしょう?

なんかすげぇ楽しみなんですけど〜!



☆ JICA二本松インフォメーション ☆

ラジオの前の、PCの前の、スマホ片手の皆さんも、本日のゲスト・鈴木唯香さんのように青年海外協力隊として世界で活躍してみませんか?
現在、JICA二本松では、JICAボランティアを大募集しております。
120を超える職種がありますので、きっと皆さんのこれまでの経験が活かせる仕事が見つかりますよ。
専門の資格や経験が求められない職種もたくさんあるので、興味のある方は、まずはJICAボランティアウェブサイトをご覧下さい。

JICAボランティア秋募集の締め切りは、11月4日当日消印有効です。
皆さんのご応募、お待ちしています!

さて、そしてJICA二本松訓練所が、今年の12月で設立20周年を迎えます。
11月15日に関係者の方を対象に、感謝の気持ちを込めて記念式典を開催します。
この記念式典では、以前この番組にもご出演いただいたポップスデュオ・カズンのお二人の記念コンサートが開かれます。
そこで、番組リスナーの皆さんを20周年記念式典のカズンのコンサートに、
10組20名様をご招待いたします!

場所:JICA二本松訓練所
時間:11月15日 16時〜17時

コンサートの参加は無料ですが、会場までの交通費は自己負担となります。
プレゼントの応募方法は、メール・FAXにて受け付けております。

メール:fmf.co.jp
FAX:024-991-9800
お問い合わせ:024-991-9000 (担当:加藤)

応募の締め切りは、11月8日(土)必着です。
リスナーのみなさん、一緒にJICA二本松訓練所の20周年をお祝いしましょう!
沢山のご応募お待ちしております。

そして、そして、
JICA二本松訓練所のFacebookページも随時更新中です!
また、この番組のFacebookページもありますよ!
こちらも、是非チェック!!
2014年11月1日(土) 08:30

ID
Pass

Generated by MySketch GE 1.1.4

Remodelling origin is MySketch 2.7.4